申命記⑧祝福の使命

祝福を伝える

前回は、神がイスラエルの人々に律法を与えている意味を学びました。神はイスラエルの人々に律法を守り行うことを命じ、それによって神の祝福を受け、他の民族に本当の神の存在を伝える役割を授けています。

イエスキリストを救い主として受け入れた者もまた、キリストに従わなければなりません。神への従順を通して受けた祝福を、方々に示していくためです。

祝福を受けて伝える使命というのは、本当に素晴らしい恵みですね。

今回は、人々がモーセを通して神から十戒を含めた律法を受けたとき、神が現れた様子から、神の偉大さを学んでいきたいと思います。

今日のおともは、スターバックスのエスプレッソ アフォガート フラペチーノです。カスタマイズしてチョコレートをのせてみました。

神の恵みと、バリスタさんの Thank You の一言に感謝しながら、聖書を学びたいと思います。

神との信頼関係

イスラエルの人々は、これから神の約束の土地カナンに入る準備をしています。モーセを通して、過去の出来事を振り返り、同じ過ちを繰り返さないこと、カナンの土地で神に従い祝福の生活を送るためです。

彼らはホレブの山で、十戒を含めた律法を受けた時のことを振り返ります。イスラエルの人々が、モーセを通して神に命じられて山のふもとに集まると、山が燃え上がり、その火は中天に達し、黒雲と密雲で覆われたとあります。人々は神の姿を見ることはありませんでしたが、その火の中から神の声を聞きます。

人々は火の中の声によって律法を受け、守り行うことを命じられます。神はご自分が神だからと横柄に命じたのではありません。これまで人々に愛を示し、助け守り導いてきました。モーセが父が子を抱くようにと表現したほどです。

エジプトからの救い出し、荒野で水や食料を与え、約束されたことを守り通され、イスラエルの人々に誠実の限りを尽くしてきました。愛情によって信頼関係が築かれていくと、人は素直に従えるようになります。

神は優しい愛のお方です。人間を支配して欲を満たそうとするような独裁者ではありません。イスラエルの人々と信頼関係を築き、人々を幸せにするという神のご計画に導きます。

畏れ敬うべき神

ですが、罪ある人間が従順に正しく生きるには、愛だけではなく、相手を尊敬し畏れ敬う心が必要です。神は律法を与える際に、人が恐れるほどの現象と共に現れます。人々は神の姿を見ることはできませんでしたが、山々が連なるホレブという広大な山脈が燃え上がり、黒雲と密雲で覆われる、かつて起きたこともないような自然現象を目にします。

人間の研究や技術が発達し、便利な世の中になりましたが、今だ人間の力ではどうにもならないことがたくさんあります。人間の無力さを感じるのは、特に災害や異常気象などといった、自然現象に遭遇した時ではないでしょうか。

イスラエルの人々は、山脈の炎と黒雲と密雲を通して、神が地上の全てを支配している、偉大かつ恐れ畏れるべき方であることを知ります。神は人間の罪に忍耐し我慢していますが、人間を滅ぼすことも、地上や天体を取り去ることも簡単にできるお方です。

神の愛に甘え神を敬うことを忘れると、自分の身を滅ぼしかねないことを心に留めなければなりません。イスラエルの人々は、神への従順には祝福が、背きには裁きがくることを知らなければなりません。神が命じることを軽んじてはいけません。

愛する我が子

イスラエルの人々は、エジプトから脱出してから四十年の間、荒野を旅してきました。その間に、問題が起きたり、不安になるとすぐに神に対する不信の罪を犯してきました。

水や食料が不足すると、モーセに対して不満をぶつけ、モーセがシナイ山で神から十戒を受けるために留守にすると、不安になり新しい神が欲しいと言い出し、禁じられている偶像を造りました。またカナンの土地の人々が強豪なのを見て怯ると、神を信じずにエジプトに帰ろうとしました。

神は人々が罪を犯すたびに、裁きを下してきました。神は愛のお方ですが、人々が正しく生きるために、裁きをもって懲らしめるお方です。

聖書に神は、愛する者をむちで懲らしめるように訓練すると書かれています。この訓練を受けない子供は、私生子であって本当の子ではないとあります。

神は、私たち一人ひとりご自分の子供として愛し、いつも関心を持っています。いつも心配してくださるのです。我が子が危険な目に合わずに、幸せに暮らすことを願い、厳しく罰を与るお方です。

偉大な力と道の光

「喉元過ぎれば熱さ忘れる」と言われるほど、人はすぐに自分の罪や受けた懲らしめを忘れてしまいます。神の懲らしめ、裁きを軽んじることがないように、時に神の偉大な力を、恐れを感じるほどに経験する必要があります。

聖書は、神の愛だけではなく、神の裁きの恐ろしさについても書かれています。神の裁きは他人事ではなく、神に愛されている全ての人に当てはまります。

イスラエルの人々の犯した罪は、罪あるすべての人間が同じように犯す可能性があり、神の裁きもまた同じように受ける可能性があります。

聖書は、イスラエルの人々が過去の歴史から学んでいるように、私たちにも正しい道を教えてくれます。「あなたの御言葉は私の道の光。」と聖書にあるように、神の言葉は私たちの足元を照らしてくださり、日々の歩みの中でつまづくことがないように守ってくれます。

危険な道から守るために、時には厳しく神は裁きを下します。

神の教育

正しい教育を受けて立派に成長した人に会うと、とても魅力を感じます。またその人物が、成功を収め幸せに暮らしているほどに、育ってきた環境や教えに倣いたいと思います。

イスラエルの人々が、神の教えに従って立派に成長し、神に従い祝福されるほど、他民族に真の神への渇望を起こさせます。イスラエルの人々にはその使命があります。

イスラエルの人々だけでなく、イエスキリストを信じた者は皆、同じ使命を受けています。神を信じて従い祝福を受けて、人々に神を示していくのです。この素晴らしい特権を手にしていただきたいと思います。

神の言葉は私たちを守り幸いを与えてくれます。ともに神の子となり祝福を受けてまいりましょう。

ここまで読んでくださってありがとうございます。また次の記事でご一緒できることを楽しみにしています。皆さんに、神の守りと祝福があることをお祈りしています。

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