真実な神
申命記では、イスラエルの人々の荒野での生活を振り返り、人々が神を信頼するための訓練を受けている姿を学んでいます。前回は、人々が神から与えられた命のパンであるマナによって健康が守られ、過酷な荒野でも生活することができたところを確認しました。神は、食糧、水、住居、衣服、必要な物全てを神が与えてくださいます。
これから神の約束の土地カナンに入り、そこで祝福した生活を送るために、人々は神を愛し信じ従う心を持たなければなりません。何もない荒野での生活で、神から与えられる奇跡的な助けによって、人々は神が誠実で、決して見捨てないお方であることを学びます。

神の命じる言葉によって作られたマナは、神の言葉そのものです。「人は、パンだけでいきるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。」という聖書の言葉通り、人々はマナによって命をつなぎました。
私たちの命も、神の言葉である聖書によって命に力が与えられます。ともに神の言葉を感謝を受け取っていきましょう。
今日のおやつは、アールグレイのパウンドケーキです。皆さんもどうぞ美味しいものと一緒に、聖書を手に取ってみてください。
祝福を逃さない
イスラエルの人々は、神が導く昼は雲の柱、夜は火の柱によって荒野の旅をしました。水、マナを与えられ、完全に神だけを頼りにして生き抜いてきました。神は、この荒野で人々が神の命じることに従うように訓練されました。
これから人々が入るカナンの土地で神の命じることに従い生活するなら、人々は満ち足りるほどに食べ物が与えられ、立派な家が与えられ、仕事で成功し、家畜が増え、安定した収入と生活が保障されます。

その祝福を逃さないために、神を忘れて離れることがないようにと、神はモーセをとおして人々に教えます。人は成功して全てを手に入し、安定した生活を送るようになると、油断してしまうものです。
人は何不自由のない生活に慣れてくると、その祝福や成功を当然のものと思い、神が与えてくださったことを忘れ、感謝の心がなくなりやすいものです。そこから神の命じることを軽んじて、神以外の物に心を奪われると、人々は滅びの裁きを受けてしまいます。
神から離れない
今私たちが手にしている全ての物は、神が与えてくださったものです。衣食住をはじめ、生活に必要な物から、仕事、財産、地位や名誉、財産、家族や友人、身体や健康、あらゆる能力は全て神からの物です。

努力も必要ですが、どんな物であっても、自分の力で獲得したと思うことは傲慢です。私たちに成功と富を得るための知恵と力を与えてくださるのは神です。
実際に神の助けがなければ、人は何も手にすることはできません。聖書に、「人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」とあります。
全ての成功は、神につながっているから与えられるのです。
神から離れてしまう原因の一つに、自分の努力や能力を誇り、神を退けてしまうことがあります。神から離れた生き方は、滅びにつながります。神は人が神の存在を忘れ、傲慢になることを許されません。
手綱を神にゆだね
これから人々が攻め取るカナンの土地は、選りすぐりの戦士たちが住む場所です。イスラエルの人々が神の助けなしに勝利することは、不可能ともいえる事です。神の前に謙遜になって、神の力が必要であることを認めなくてはいけません。

人々の頑なに従わない傲慢さを、神はうなじのこわい民と表現しています。ちょうど牛や馬、家畜が手綱に逆らう様子にあてはめたものです。
事実、人々は強情なため、なかなか神を信頼して従うことはありませんでした。モーセはこれまで人々が神に背いてきた様々な出来事を指摘します。
荒野で水がないと言って不満を言い、食事が乏しいと言って不満を言い、またそのために与えられたマナにも不満を言いました。
挙句にはモーセが十戒を受けている際に、人々は不安になって金の子牛を造り、子牛を神として讃えていました。これは神の一番最初の命令である、「わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」に背き、目に見える金の子牛を神とした人々の罪です。
助け出す神
神はこのような頑なで罪深い人々であっても、祝福の約束を破棄することなく導きます。ですがそれは、イスラエルの人々が正しいからでも、神が認めたからでもないと言います。
神が人々に祝福の土地を与えるのは、カナンの土地の人々の邪悪さゆえに裁きを下すためであり、また彼らの先祖たちに誓った祝福の約束を守るためです。
実際にイスラエルの人々は、神から恵みを受けるに値しないと言われるほどでしたが、神が約束を守る誠実な方であり、愛と憐みを与える方であるために、神はカナンの土地を与えるのです。

イスラエルの人々は神の祝福を受ける民族として、神に従順でなければなりません。人々は神を信頼し従うために、荒野で訓練を受けます。
今日の私たちも、同じように訓練を受けることがあります。人生に起きてくる様々な問題や困難には、自分の力では解決できないこともあります。神はその出来事を通して、人が見えない力に助けを求めるように導きます。
何を頼りにするかは人によって違ってきますが、この世界と全ての人間を造り活かしている本当の神を見出し、神を信じ頼りにする者は祝福を受けます。
試練を受けたときに、神に不平不満を言って逆らうのではなく、神を受け入れ信じ従うことが祝福への道です。
素直に従う
本当の神を信じ従うなら、必ず試練から逃れる道が与えられます。イスラエルの人々がエジプトでの奴隷の苦しみから助け出されたように、神は私たちも助けてくださいます。
ですが、彼らは助け出された後も、神への従順さに欠けていたために、荒野での訓練が四十年と長くかかりました。素直に神に従うほどに試練や訓練から早く解放されます。
人間には罪があるため、なかなか神に従えないものです。それでも神に背く自分の罪を悔い改めて、神を求めるなら、神は頑なな心を造りかえてくださいます。ともに神に従い、祝福を受ける者になれたらと思います。

ここまで読んでくださってありがとうございます。また次の記事でご一緒できることを楽しみにしています。皆さんに、神の守りと祝福があることをお祈りしています。


