預言者
これまでの3回は、神がイスラエルの人々に、カナンの土地での暮らしで必要な指導者を選び出すように命じているところを学んでいます。神の命じる指導者は、裁判官とよばれるさばき人、王、祭司、預言者の4つです。今回は、最後の権威である預言者についてです。
イスラエルの人々は、エジプトで400年間奴隷として苦しめられた後、神に助け出されて40年荒野の旅を続けてきました。もうすぐ旅は終わり、神の約束の土地カナンでの生活が始まります。人々は、モーセを通して、新しい生活のオリエンテーションを受けているところです。

カナンの地では、これまでの生活とは一変し、農作物や家畜に恵まれた、豊かで安定した生活を送ることができます。神の祝福の約束通り、人々も増え広がります。
大きくなる民族を正しく治めるためには、神に従って人々を導く忠実なリーダーが必要になります。神の声を聞き、神の命じていることを人々に伝え、正しく導く預言者について学びたいと思います。
今日のおともはちょっと豪華に、スターバックス店舗限定のチョコレートスイーツ、プリンチーナです。神の恵みに感謝し、聖書を学びたいと思います。
神はいつも語り掛けている
神はこれまで、モーセを通してイスラエルの指導者として、裁判官や王、祭司を命じてきました。最後に命じられた指導者は、モーセのように、神が人々に語られる言葉を直接聞いて、伝える役割をする預言者です。

よく耳にする「予言」と、「預言」は違います。「予言」は未来のことだけを語りますが、「預言者」は、神の言葉を預かり、人々に伝える働きをします。
神が私たち人間に語ることは、現在や未来など、時制に縛られたものではなく、人々を正しく導くための物です。
イスラエルの人々が神に従って幸せな生活をするためには、いつでも神の声に聞き従う必要があります。道を間違えているときは正しい方に戻るように、また神に従い正しい道を歩んでいるときは賛同の言葉を、また気落ちしているときは励ましの声をかけてくださいます。
これから生活するカナンの土地は、偽物の神を信じる民族がたくさん住んでおり、イスラエルの人々は、彼らの偽りの神に誘惑される危険性があります。神は預言者を通して、偽物の神の罠にかからないように語り掛けます。人々が神の声を聞き、祝福を受けた生活を送るためには、預言者が必要です。
偽物の神
神は人々に、カナンの土地の人々の悪い習慣に入り込まないように警告します。自分の子どもたちに火の中を通らせてはいけない、占いや魔術、呪文を唱える者、霊媒師、死者と交流する者と関わってはならないなどです。

子供たちに火の中を通らせるというのは、偽物の神に捧げる習わしで、偶像礼拝の罪です。
また、占いや呪文を通して未来を予見し、自分の将来をコントロールしようとすることも罪です。占いや魔術などをあてにすることは、偽物の神を信頼することと同様に、偶像礼拝です。霊媒師によって死者と交流し、導きを求めることも、神を無視した行為です。
これらは全て、イスラエルの人々を愛し助け出した本当の神の忌み嫌う行為で、神の祝福を逃してしまう行為です。
カナンの土地に住む人々は、本当の神ではなく、卜者や占い師や魔術師の力を使って、利己的な目的のために、悪しき行いをしていました。
カナンの偶像
カナンの土地に住む人々は、悪しき物に頼って未来を探り、欲深く私腹を肥やすことを求めていました。彼らはこのような神に背く礼拝と行為を繰り返し、罪を重ね、ついに神の裁きにまで達してしまいます。

神は愛するイスラエルの人々に、祝福の土地を与えると同時に、罪を犯すカナンの土地の人々に裁きを下し、カナンの土地から追い払うこと目的としています。
イスラエルの人々は、偶像の誘惑に打ち勝ち、本当の神の力によってカナンの土地を手に入れることを命じられています。
神は、イスラエルの人々が悪しき習慣に巻き込まれて、本当の神を忘れて祝福を逃すことがないようにと、あらかじめ注意しています。人々が偶像礼拝の罪に陥れば、イスラエルの人々も滅びの裁きに遭ってしまいます。間違っても、カナンの人々の偽物の神に近づいてはいけません。
預言者の資格
イスラエルの人々は、彼らをこれまで守り導いてきた、全知全能であり、愛と赦しと祝福の神を、信じ従わなければなりません。偽物の神は人々を愛することもなく、守る力もありません。
本当の愛の神は、必要な時に人々に語り、安全で正しい道に導き、平和と幸せを与えてくださいます。

本来は、この本当の神から直接言葉をいただき、神に聞き従えればいいのですが、神が預言者という指導者を命じたのは、王同様に、イスラエルの人々が要望したためです。
人々は、荒野の旅の中で、ホレブという山脈が燃え上がる、神の偉大な力を目撃しました。人々は神を恐れて神に近づくことができず、モーセに神の言葉を取り次ぐ預言者としての役割を依頼しました。
神は、人々が神を恐れ、罪ある人間は神に近づくことができない、と悟ったことを正しいとされます。神はモーセに神の言葉を預け、預言者とします。
モーセは、これから入るカナンの土地に、人々と一緒に行くことはできません。そのためカナンの土地では、モーセに替わる預言者を選ばなければなりません。
モーセを見ると、預言者というのは、神に忠実に従う謙遜な人物でなければなりません。神の言葉を何一つ変えずに、そのまま人々に伝える真実な働きをすることが求められます。
預言者に従う
同時に、神が厳選された預言者の語る神の言葉を、人々は真摯に受け止める必要があります。神が与えた権威には神の力が宿っています。人々は謙遜に聞き従わなければなりません。

これは、現代の私たちの生活でも同じことですが、神に選ばれた、本物の指導者の言葉に従うことが命じられています。
ですが、世の中には偽預言者が出てくると、すでに聖書に書かれています。さらに世の終わりには、本物の預言者よりも、偽物の預言者の方が多く強くなり、本物を迫害する時代になるとされています。
本物の預言者から神の言葉を受け取り、神の祝福を受けるために、私たちは常に神を学び、神に祈り、正しい預言者を見分けなければなりません。
預言者を見分ける
偽預言者を見分ける方法の一つ目は、預言者の言葉が、神の言葉である聖書と一致しているかどうかです。聖書と異なっていれば、それは神の言葉ではなく、偽りの言葉です。
終わりの時代には、聖書の言葉から完全に外れた思想や、預言が飛び交います。偽物の神の名によって語られたことは偽物であり、死罪にあたるほどの重罪です。

また本物の預言者は、聖書にない、神の語っていないことを語ってはいけない、と厳しく戒められています。
預言者はつい熱心になって誇張したり、また虚栄心から賞賛を得ようと、神の語っていない言葉を加えてはいけません。
ただ謙遜に神に仕え、忠実に神の言葉を伝えなければなりません。
二つ目に預言者を見分ける方法は、語られたことが本当に実現するかどうかです。すぐにはわからないことも多くありますが、神によって語られたことは必ず実現します。
実現する預言
聖書には、「預言者が主の名によって語っても、そのことが起こらず、実現しないなら、それは主が語られたことばではない。その預言者が不遜にもそれを語ったのである。彼を恐れてはならない。」と書かれています。

預言者が神の名を使って告げたことでも、本当に神が語ったことではないこともあると教えています。
たとえ預言者ではなくても、偉大な神の言葉を受ける私たち一人ひとりも、身を正す思いで神の言葉を求め、預言者の言葉を吟味しなければなりません。
偽物の預言者が多く出現する終わりの世の中は、油断せずに自ら神を学ぶ必要があります。
モーセのような預言者の誕生
当時のカナンの人々だけでなく、現代も非常に多くの方々が、将来の安泰や成功を求めて、手相や占い、魔術、霊媒などに頼っています。しかしこれらは、全てを造り支配している本当の神を退けた、忌み嫌われる行為です。

本当の神だけが、私たち一人ひとりの人生をご存知で、正しく導くことのできる神です。人の罪の身代わりになって命を差し出してくださった本当の神だけが、私たちの命と人生を守り、正しく導いてくださいます。
神はモーセに、イスラエルの人々の中から、モーセのような一人の預言者を起こして、彼に神の言葉を授けると言われました。
モーセの亡き後、カナンの土地で、イスラエルを導くための預言者が何人も出てくるのですが、神の言われる「モーセのような一人の預言者」の誕生はもっと後のことです。
預言者キリスト
イエスキリストは神であり、全く罪のない人間として誕生します。全ての人間の罪を贖い、十字架刑を受けるために生まれたキリストが語られることは、偽りのない完全な神の言葉です。

キリストは大祭司であり、また神が言われた、モーセのような神の言葉を語る預言者です。
キリストはご自分の命を捨てて、罪ある人間を滅びの裁きから救ってくださり、正しく生きることができるように、神の言葉をとりついでくれます。
このキリストの言葉は、全て聖書に書かれています。この聖書の言葉を常に学び、神が私たちに語られていることを受け取り、神に従うことが、あらゆる悪しきものから身を守り、祝福を受ける唯一の方法です。
聖書の言葉は、全ての人に向けて書かれていると同時に、読む一人ひとりの個人的なことも含まれています。聖書を読むと、全人類のことだけでなく、自分のために語られていることがわかります。聖書は、全ての人生の道しるべです。
罪を贖って十字架で死んでくださったイエスキリストを信じ、キリストの言葉に従い、神の国とゆるぎない毎日を手にしていただけたらと思います。

ここまで読んでくださってありがとうございます。また次の記事でご一緒できることを楽しみにしています。皆さんに、神の守りと祝福があることをお祈りしています。

