申命記㉑免除と解放

苦しみからの解放

前回は、神がイスラエルの人々に、収穫の十分の一を神に捧げることと、また祭司や貧しい人々に分け与えることを命じたことを学びました。神に捧げ、また人々に分け与えることを神は喜ばれ、祝福してくださいます。

神が全ての人を愛しているように、私たちも同じように人々を愛することを神は望んでいます。

今回は、神が負債を負った人々を免除するように命じていることと、奴隷を解放することを命じたことから、神が人々を苦しみから解放してくださる、愛の方であることを学びたいと思います。

神は決して私たちの苦しみを放っておかれる方ではありません。

今日のランチは、カレーセットです。神の祝福に応えて、神を愛し、神を伝えていきたいと思います。

負債の免除

イスラエルの人々は今、モーセを通して神が命じられた律法を振り返っています。神に収穫の十分の一を捧げること、神の仕事をする祭司や、貧しい人々に分け与えることを命じられた後、次に命じられたことは、負債のある人々の赦免です。

神は、あらかじめイスラエルの人々に安息日という、7日目には労働を休むことを命じています。現在の生活でいうと週に1回、7日目に休日があるというと解りやすいと思います。

加えて7年毎に土地を休ませ、農業を休むことを命じます。同時に、負債のある人々を免除することも命じています。

農業が禁じられている7年目には収穫がないので、負債の返済ができないという理由だけではなく、人々の貧富の差を解消し、人々が互いに助け合って生活することを神は望んでいます。

この命令は、神がイスラエルの人々に命じたものであり、外国人には適応されません。神は、この律法をイスラエルの人々だけに命じていて、この命令を守り行った者に祝福を約束します。神に従ったイスラエルの人々が祝福を受け、他国の人々に本当の神を伝えるという役割を果たすことができます。

神の祝福を体験

神が、彼らの先祖アブラハム、イサク、ヤコブに誓った約束は、神が選んだイスラエルの人々全体を祝福することです。人々の中に祝福に格差があることを良いとされません。神の命じることに従い、貧しい人々を助ける者を、神は祝福すると約束されます。負債を免除することは、貸主の経済状況によっては難しいこともあるはずです。

また、7年目には農業を休むという命令は、1年間は農業による収入が見込めないため、従いにくいものです。ですが神の言葉を信じ従った先に、神の祝福があります。

神に祝福されるという体験を重ねることで、目に見えない神の存在が確かなものとなり、神を愛する祝福された関係が築かれていきます。

一見、損失を被るように思える命令ですが、神の命じることに従った報いは大きいものです。

生活の保障

神は負債を免除した祝福として、イスラエルの人々が他国の人々に貸すことはあっても、借りることはないと約束します。また、イスラエルの人々が他国を支配するが、支配されることはないと約束します。物質的な祝福と、抑圧の無い生活を神は保証されます。

助けが必要な者に惜しみなく貸し、負債免除の年には神に従い免状する、これがイスラエルの人々に命じられていることです。

これらの命令はイスラエルの人々に命じられたものですが、現在の私たちにとっても祝福を受けるものでもあります。

神は、私たちが自分の私利私欲を捨て、金銭よりも神を愛し信頼し、貧しい人々と助け合いながら生活することを喜ばれます。

神よりも物質的な物を愛する心は、偶像礼拝と同じ罪です。神に従い、物質的な偶像を排除するなら、神は人間の力で得る以上の祝福を与えてくださいます。

奴隷の解放

神は同時に奴隷を解放することも命じます。約束の土地カナンで祝福を受ける条件は、神に従うことです。しかし中には、神の命令に背いてしまい祝福を逃した人々も出てきて、負債を抱え、返済できないために奴隷になる人々の存在があることがわかります。

神は、奴隷が6年間主人のもとで働いた後、主人に7年目に奴隷を解放するように命じています。さらに解放する奴隷には、穀物と家畜、ぶどう酒を与えるように命じます。

奴隷が何も持たずに解放されても、また奴隷になるしかないのでは意味がありません。神は奴隷の解放された後の生活を保障し、二度と奴隷に戻ることがないように配慮されます。

神は、この命令を通して、人々が所有しているすべての物は神の恵みであることを教え、感謝し、その恵みを人々にも分け与えることを教えています。神の祝福を分かち合うことが、神に喜ばれることです。

苦しみから得る物

イスラエルの人々はエジプトで奴隷として苦しんでいた時に、神の恵みと憐みによって助け出されました。また脱出の時には、神の計らいによって、エジプトの人々から金銀、装飾品などを労働の対価として受け取ることができました。

イスラエルの人々はエジプトで奴隷として、無賃金の労働を強いられてきました。神は人々に対する不当な扱いに報い、エジプト国民から金銀をイスラエルの人々に与えます。神は全てを見ておられ、必ず悪に報いてくださいます。

神は人々のこれまでの苦しみを憐れみ、奴隷から解放してくださっただけでなく、労働の対価を与え、脱出後の生活も守って下さいました。

神は、人々が奴隷として苦しんでいた経験から、同じ苦しみにある人々を思いやることを教えています。私たちも、苦しみを通して人の痛みを学びます。神は苦しみを通して、優しさと思いやりのある人柄へと作り変えてくださいます。

神の奇跡

エジプトからの脱出の際は、人間には決して成しえない、様々な神の奇跡がありました。

神の律法は、人々が体験した神の恵みを思い起こさせるものです。律法は神の愛を教え、神から離れることがないように助けてくれるものです。

神はイスラエルの人々を支配するために律法を命じているわけではなく、祝福を受けるために与えています。神のことを知らなければ、律法を誤解して受け取ってしまいます。

これから神の約束の土地カナンに入る準備をしているイスラエルの人々は、エジプト脱出の経験をしていません。経験した祖父母の世代の出来事をとおして、神の奇跡と愛と律法を学んでいます。体験をしていないからこそ、しっかりと学ばなければなりません。

私たちは、モーセの代わりに聖書を通して神を学ぶことができます。神を正しく学び、神の愛と祝福を受けることができます。

キリストに留まる

また、自由の身になる奴隷側は、奴隷となった後に家庭を持った場合は、妻子を主人のもとに残し、単身で去らなければなりませんでした。そのため家族と離れたくない奴隷は、自ら選択し、主人の家に留まることができました。

また主人の人柄に惹かれ尊敬している場合も、奴隷として残ることが許されました。

神の愛を理解するならば、神の隣で神に従って生きることが祝福だとわかります。7年目の奴隷解放の年に、自ら主人を愛し、主人のもとに留まる決断をする奴隷がいるように、私たちも罪の身代わりとなって十字架にかかってくださった、イエスキリストのもとに留まることができます。

キリストが罪の罰を受けて下さって、代わりに死んでくださり、よみがえり永遠の命を与えてくださった愛を理解し、神のもとに留まり、祝福を受けていただきたいと思います。

ここまで読んでくださってありがとうございます。また次の記事でご一緒できることを楽しみにしています。皆さんに、神の守りと祝福があることをお祈りしています。

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