王が選ばれる
前回から、神がイスラエルの人々に、神が与えるカナンの土地での生活が始まったら、指導者を任命し、その指導者に従うことを命じているところを学んでいます。
その指導者は、裁判官、王、祭司、預言者の4職ですが、今回は「王」を取り上げたいと思います。

イスラエルの王については後に詳しく取り上げますが、本当は必要のない役職です。しかし、イスラエルの人々が、人間の王を求めたために出現した権威です。
今回は、この王という立場を通して、神の心を学んでいきたいと思います。
今日のおともは、スターバックスのチョコレートタルトと、ハウスブレンドです。
皆さんも美味しいものと一緒に、聖書を学び神の愛を感じていただけたらと思います。
本当は神が王
神はイスラエルの人々が、カナンの土地に入って国家を設立し運営するために、指導者を選び出すことを命じます。前回の「さばき人」と呼ばれる裁判官に続いて、「王」を任命するように命じます。
完全であり、全地全能の「王なる神」が存在するので、本来は他に「王」は必要ありません。不完全な人間が王になっては、かえって神の計画を妨げてしまうことがあります。
それでも神が王の任命を命じているところから、カナンの土地で王が出現することを予告しています。

イスラエルの人々の、神を信じ貫くことのできない罪、神の律法に従えない罪、他国の王を見て真似る、これらの罪によって、後に人々はイスラエルの国王を求めるようになります。
神は、神という完全な存在を忘れて王を求める、きわめて愚かな人々の罪を見ながらも、王を立てることを許可します。
神は人々に、王を選ぶことを命じるのですが、実際は人間を通して神が選んだ者が王になります。他の指導者同様に、王にはそれなりの神の資格が必要です。
神は初めに、神を信じ忠実に従うことを、王の絶対条件とされます。神は神に従うものを選び、王としての能力、リーダーシップ、必要な素質を与えます。神から選ばれていない者には、指導者としての力が与えられられないので、たとえ王になったとしても、役割を果たすことはできません。
王のみならず、権威は神が選び定めた者のみに与えられます。神に選ばれ、神の与えられた力が発揮される時、指導者は成功を収めます。
王としての資格
次の条件は、王はイスラエル人であることです。イスラエル国家の王は、イスラエル人の中で生まれ育ち、その生まれ育った環境から、神の律法、イスラエルの歴史などに通じていなければなりません。

また、神がイスラエルの祝福するという計画に矛盾がないように、国王と国民共にイスラエル人である必要があります。
王は、神の愛とイスラエルへの計画を理解し、神に従って国家を建て上げる使命があります。これは「王」だけに限らず、神が命じる指導者すべてに言えることです。
また神は、この指導者たちに、人々を支配するのではなく、謙遜になって神に仕え、神の命じるとおりに人々を導くことを命じています。神は律法で命じているように、イスラエルの人々がともに愛し合い、助け合うことを望んでいます。
神の力を信じる
神に忠実であること、イスラエル人であるという条件を満たし、神に選ばれた王に、神は3つのことを禁じます。
一つ目は、「王は馬を増やしてはならない。」です。家畜の中でも馬は走るのが速く、力があるので、移動手段や戦に向いています。

騎兵や戦車を出陣させるために必要な馬は、エジプトが多く所有しており、手に入れるためにはエジプトと貿易関係を持つことになります。
イスラエルの人々は、エジプトで奴隷として苦しめられていた過去があります。神は、神が特別に選び出したイスラエルの人々を苦しめた罪を持つエジプトとの交流を禁じています。神は、二度とエジプトへの道へ戻ってはならないと命じます。
エジプトでは、神がイスラエル民族を選び、祝福し助け出した奇跡がいくつもありました。神には、イスラエルの人々を助け出した後、人々を祝福し、どの民族よりも豊かに幸せにする計画があります。エジプトの力を借りずに、神の力を現すことも一つの計画です。
また、少ない馬の数で他国と戦うことは、不利なことです。人々は馬の数ではなく、神の力に信頼しなければなりません。神を信じ、勝利を収め、神との絆を深めていきます。それだけでなく、各民族に神の存在と力を証明することができます。
頼るのは神

二つ目に禁じられたことは、「大勢の妻をめとって、心を惑わしてはならない。」です。当時他国の王たちは、政略結婚のためにたくさんの妻を持っていました。それぞれの国の利得のために、外国の権力者の家系と婚姻を結んでいました。
神は、イスラエルの王に、政略結婚によって王の権力を強めることを認めませんでした。神がイスラエルを守り祝福するのですから、他国に頼る必要がないことを学ばせています。馬によって戦力を強化する必要がないように、政略結婚によって他国の軍事力をあてにする必要もないのです。
また、異国の人々との婚姻によって、異教の偶像礼拝が入り込んでしまいます。本当の神から離れて、偶像を礼拝することは、権力が増すどころか、イスラエルが滅びの裁きに遭ってしまいます。
国民を愛する
三つ目に禁じられたことは、「銀や金を大量に蓄えてはならない。」です。他国との交流を持つことを禁じられた王の財産は、イスラエル国民の税金によるものです。神は王が、国民を圧迫し、支配し、搾取することを禁じています。

また、経済的に豊かになり、王が油断し、神に頼らなくなることも問題です。財産ではなく、神を頼りにすることが、王を謙遜にし、神から祝福されます。
神が王に命じたことはどれも、自分の力ではなく神に頼ることを教えるための物です。王は謙遜になって国民を愛し、国民と共に国を建て上げなければなりません。イスラエルの人々は、神に祝福された国家を建て上げ、幸せに暮らさなければなりません。
王のあるべき姿
王のみならず、人々を導く指導者は、責務と責任が大きいものです。王に三つの禁止事項が命じられた後は、王が行うべきことが命じられます。
神が命じた律法は、モーセが書き取っています。それを管理しているのは、神の仕事をする祭司です。その律法を王は書き写し、複写を常に手元に置き、これを生きている限り読み返すことを命じられます。日々律法を読み、神を畏れることを学び、律法の全てを忠実に守り行うことが王に与えられた責務です。

神の律法によって日々神を学び、神を畏れるなら、王が傲慢になって国民を見下すことがありません。国民を愛し助け、調和のとれた国家を建てあげるのです。
王が神に従い、神が統治する国家を建てるなら、王の家族も祝福され、末永く王位を保つことができると約束されます。
神がイスラエルの王に命じたことは、現代の私たちにも当てはまります。人々を指導する立場に就く者は、謙遜でなければなりません。全ての主権は神にあることを覚え、神を畏れ、高ぶらず謙遜であることが、神の祝福を受ける秘訣です。
愛は生き方を変える
指導者だけでなく従う者も、神を畏れ、神が権威を与えた指導者に従うことが祝福につながります。

王が日々律法を読み、神に従い祝福を受けるように、現代の私たちは聖書を読み、神を学び従うことが正しい生き方です。
イエスキリストが、一人ひとりの罪のために十字架にかかり死なれた愛を理解し、神とともに生きることが祝福です。
他人の罪のために犠牲になれる人は多くありません。イエスキリストは罪がないにも関わらず、耐えがたい残酷な刑を受けて下さいました。聖書を読むと、神の愛がわかります。その愛が理解できると、自然と神に喜ばれる生き方へと変えられていきます。
希望と喜びの神
神の愛を理解し、キリストの罪の贖いを信じ受け入れるとは、キリストを自分の王として迎えることです。王であるキリストに従う生き方が祝福であり、神の国を建て上げることです。
キリストは、私たち一人ひとりに新しい命を与えて、希望と喜びにあふれた未来を約束されます。ともに聖書を学び、神の祝福を手にしていけたらと思います。

ここまで読んでくださってありがとうございます。また次の記事でご一緒できることを楽しみにしています。皆さんに、神の守りと祝福があることをお祈りしています。

