逃れの町
前回までは、神がイスラエルの人々に、4種類の指導者を選ぶように命じたところを学びました。今回は、不慮の事故で意図せずに人の命を奪ってしまった者を、神が逃がして守られる恵みを学びたいと思います。

人々が増え広がるのは神の恵みですが、それに伴って様々な出来事が起きてきます。中には、予測もしなかった出来事から命を落としてしまうケースもあります。
神は、不慮の事故の加害者となった者と、被害者の親族の思いを配慮した対策を与えてくださいます。
神は加害者を守るために、また遺族の心を和らげるために、人々に「逃れの町」を備えるように命じます。この箇所から、神がどれほど一人ひとりの命を大切に思ってくださるかが伝わってきます。
今日はのおともは、健康を意識してアサイーボールです。神の与えてくださった命と健康に感謝しながら、聖書を学びたいと思います。
シェルターの役割
神はイスラエルの人々に、これから与える祝福の地カナンに住み始めたら、その土地の中から3つの町を「逃れの町」として、取り分けるように命じます。
その3つの町は、思わぬ事故によって人の命を奪ってしまった者が逃げ込める、シェルターの役割をする町です。

この3つの町を選ぶ条件は、それぞれの町から道のりを図り、どの町からも均等な距離になることです。加害者となってしまった者がいる場所から、どの「逃れの町」も同じ距離になるように設けます。
また「逃れの町」までの道は、坂道や荒れたところは整備され、逃げ込む者の障害となる物は取り除かれています。
加害者はどの逃れの町にも同じように、迷わず逃げ込めるように配慮されています。
逃れて生き延びる
この「逃れの町」と呼ばれる町は、神が命じるように、悪意の無い不慮の事故によって人の命を奪ってしまった者だけが、逃げ込めると定められています。
ここでわかりやすく、逃げ込める場合の具体的な状況があげられます。例えば、何人かが、芝刈りのために斧を持って森に入ります。ある人が斧を振り上げたときに、斧の頭が抜けて飛び、それが隣にいた人にあたります。斧の頭の打ち所が悪く、あたった者が命を落としてしまった場合、加害者となってしまった者は、「逃れの町」に入ることができます。

とてもわかりやすい、そして悪意や殺意が全くないと判断しやすい例を用いています。加害者が意図して殺人を犯したのでなければ、その人は裁きを免れて、逃れて生きることができると神は言われます。
しかし、被害者の家族が事故を受け止められず、高ぶる感情のままに、加害者を追跡し殺してしまう可能性があります。このような事態を避けるために、「逃れの町」が設けられます。
悪を根絶
「逃れの町」には、律法の専門家であり、神のための働きをするレビ人が住んでいます。この神に選ばれたレビ人は、裁判官の働きを担い、訪れた加害者の事件を調査します。証言者を集め裁判を行います。加害者に悪意がないと判断すれば、神が定めた通りに「逃れの町」でかくまい保護します。

当然のことながら、加害者に殺意があった場合は適応されません。意図的に殺害した場合は、加害者はもとの町に戻され、復讐する者の手に渡されます。
神は、十戒で「殺してはならない。」と命じられた通り、殺人を厳しく罰します。神の祝福を受けて幸せに暮らす使命のあるイスラエルの人々の中に、争いや殺人があってはなりません。
神は、悪意を持って罪なき者の血を流す者を死罪とし、除き去るように命じます。神は罪を排除するこなら幸せを与えるとさえ約束されます。悪を根絶するとき、神の祝福がやってきます。
神が与える権威
この「逃れの町」を命じたところで、同時に神は、人々が土地を奪い合うことを禁じる命令を出しています。
イスラエルの人々がカナンの土地を攻め取ったら、土地は分割されて、それぞれの部族に与えられます。その初代の人々に与えられた土地を、子孫たちが不正に土地の領土を変えてはならない、土地を奪ってはならないと命じています。

イスラエルの人々のレビ部族以外は、農業をするための土地が与えられます。その土地は豊かに作物を実らせ、人々の生活の糧となります。
神は、土地を奪うことが所有者の命を脅かすことである、同時に神がそれぞれの人に与えている物全ては、神の権威によるものであり、侵害してはならないと教えています。
この「逃れの町」と「地境の移動」を通して神は、人の命の大切さを教えています。神が与えた命は、神の物であり、神がこの地上で活かしていることを覚えなければなりません。全ての命が神の物なのです。
神が与える命
イスラエルの人々は荒野を旅している間、数々の他民族の土地を通るのですが、神は彼らに他民族と争って土地を奪うことがないようにと命じました。

神は全ての人々を尊重し、それぞれの人や民族に必要な物と祝福を与えています。
イスラエルの人々には、カナンの土地という、どの民族よりも素晴らしい土地が用意されています。そしてその土地で幸せな生活を与えようと計画しています。
神はイスラエルの人々に、神が与えてくださる物と時を信じて待ち、他部族の所有物を侵害することがないように命じています。神を信頼せずに、罪の無い者の血を流すことを厳しく禁じています。人の命を奪うことは、神の権威を侵害することです。
裁判の証人
偶像礼拝の罪の裁判でも命じられているように、「逃れの町」の裁判においても、神は証人は複数人でなければならないと命じます。
複数の証言によって、事件の真相を明確にし、正しい者が罪に定められることがないように、また悪意ある者は除き去るように命じています。

同時に偽りの証言をする者の悪も指摘しています。証言を複数とすることで、偽証する者を見つけることができます。偽りによって人の命を奪うことは殺人であり、死罪とみなされます。
神は「命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足を報いなければならない。」と命じられるほどに、自分の身に降りかかった時のことを例えて、人々が罪を犯さないように教えています。
神の裁きは厳しいものですが、全ては神の愛の計画につながります。悪を取り除き、神の命じる正しい生き方をすることが祝福になります。
罪の解決
「逃れの町」で暮らす者は、そ町の最高責任者である大祭司が亡くなるまで、その町で守られ生活することができます。大祭司が亡くなった後は、加害者は解放されて地元に戻ることができます。

悪意の無い加害者ですが、事故から完全に解放されるには、大祭司の死を待たなくてはなりません。
大祭司の死は、イエスキリストが人間の罪を贖って十字架で死なれたことを象徴しています。
生まれながら罪を持っている人間は、悪意がなくても知らず知らずに罪を犯す存在です。イエスキリストは、この私たち一人ひとりの罪を、大祭司となって死んで贖ってくださいました。
イエスキリストが罪の身代わりとなって死なれたことを信じた者は、「逃れの町」でかくまわれた者と同じように、守られ生き延びることができます。
道であり逃れの町
キリストは死と復活によって私たちの罪を贖い、一人ひとりを解放してくださいました。キリストはご自身を、神の国に入るための「道」だと言われます。キリストは道となって、信じた者を神の国へ導いてくださいます。

イエスキリストは、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」と言われます。
イエスキリスト以外に、神のもとに行く道はありません。キリストは「逃れの町」への道となって下さり、また同時に「逃れの町」となって守り、かくまってくださいます。
大祭司となって、一人ひとりの罪のために命を捨てて下さったキリストは、私たちを永遠に罪の裁きから解放してくださいます。
永遠を与えるキリスト
キリストの愛と赦しと解放は永遠の物です。キリストは滅びることの無い、永遠の命を与えてくださいます。
キリストは、全ての人が自分の罪を悔い改めて、キリストのもとに来ることを願っています。ともに、キリストの愛と永遠の命を手にしていただけたらと思います。

ここまで読んでくださってありがとうございます。また次の記事でご一緒できることを楽しみにしています。皆さんに、神の守りと祝福があることをお祈りしています。

